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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)1457号 判決

原告 田村純正

右訴訟代理人弁護士 澤田和也

被告 淡路五色商事こと 片山清

右訴訟代理人弁護士 永田力三

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇一八万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の、その余は被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二三六万五二〇〇円及び内一〇九五万七三〇〇円に対する昭和五六年一二月一一日から、内一四〇万七九〇〇円に対する昭和五九年八月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  いわゆる一般消費者たる原告は、宅地建物取引業(以下「宅建業」と略す。)者の被告との間で、昭和五三年四月二四日、別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件土地、建物」という。)を、新築住宅(敷地所有権付)として代金一一〇〇万円で買い受ける旨の契約を締結し、同年五月二七日までに右代金を支払ってその引渡を受けた。

2  本件建物の欠陥(瑕疵)

(一) 建物(住宅)は、その敷地(地盤)が安全であるとともに、荷重及び外力に対して安全な構造でなければならない(建築基準法一九条二項、二〇条一項)。

しかるに、本件建物には、右安全性に関して以下のような欠陥(瑕疵)がある。

(二) 地盤及び基礎の設置について

本件建物の敷地たる本件土地は、元は、川岸に接続する傾斜した原野であったところ、これに一部盛土をして平らな宅地に造成された。

このような地盤に建物(住宅)を建築する場合には、建物荷重等により盛土が圧密沈下するなどして建物が不等沈下することのないようにするために、盛土は、締まりの良い土を用い、十分に締め固めたうえで、盛土部分における建物の基礎定盤は、在来地盤まで届かせるか、在来地盤まで基礎杭を打ち込んでその上に設置する必要があるところ、本件では、盛土は、締まりの悪い土が用いられ、締固めも不十分で、かつ、盛土部分における基礎定盤は、基礎杭を打設することなく、在来地盤に届かず盛土の中間層に設置されている。

(三) 右(二)から生じている第二次的欠陥

右(二)のような欠陥があるため、本件建物には、実際に、不等沈下が生じ、左記のような異常が起っている。

① 土台下端面において最大約八センチメートル、一階床面の建物中央線上において最大約四センチメートルの高低差が生じている。しかも、土台と基礎との間に一センチメートル前後の隙間ができている。

② 柱に、一階では三センチメートル前後、一、二階全体としては六センチメートル前後の傾きが生じている。

③ 玄関扉とか一階洋間サッシ戸、そして内部ドアにつき、その外枠が変形して、開閉が不良になっている。

④ 建物が折れ曲がり状態となり、外壁及び内壁にクラック(亀裂)が生じている。

⑤ 基礎立上がり部に、クラック、捩れが生じている。

⑥ 犬走りが、その下の地盤が陥没して、建物躯体と離れて落ち込んでいる。クラックも生じている。

⑦ 勝手口のコンクリート階段が、その下の土が陥没してずり落ちている。

⑧ 浴槽が、地盤(盛土部分)上にブロックを置いてその上に設置されているところ、建物躯体とは別異に沈下し、浴室タイル内壁との間に亀裂を生じている。

(四) 建築構造について

(1) 割栗地業――地盤の突固めを効果的に行うため、基礎下には、割栗石を隙間なく小端立てに張り込み、十分に突き固めるべきところ、本件では、栗石を不整に並べて敷いているだけで、突固めも十分でない。

(2) 基礎定盤――地盤の支持面積を広くして建物荷重を分散させるため、巾三〇センチメートル程度、厚さ一二センチメートル程度の直方体とすべきところ、本件では、型枠なしにコンクリートを流し打ちしただけである。

(3) 軸組及び床組の補強――筋かい、火打ばりの仕口が、切込みがなく、ボルト締めもされていない。

(4) 小屋組の補強――火打ばりは右同様。小屋筋かいが取り付けられておらず、振れ止めがない。

3  被告の責任原因

(一) 不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、前記のような欠陥があることを知りながら、あえて本件建物を原告に売却したものであるから、これによって原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

仮に、前記欠陥を知らなかったとしても、被告としては、右売却にあたって、本件建物の安全性を十分に確かめたうえでなすべき注意義務があるのに、これを怠ったものであるから、やはり後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 債務不履行責任

本件のような売買契約においては、売主としては、瑕疵なき(特に、安全な)建物を給付すべき債務があるところ、前記のとおりで、被告は原告に対して安全でない本件建物を給付した。従って、被告は、右不完全履行により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 瑕疵担保責任

本件建物には前記のような瑕疵があり、これは、本件売買契約当時隠れたものであった。従って、被告は後記損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 取壊し建替え費用

前記2のような欠陥(瑕疵)を補修するについては、結局のところ、本件建物を取り壊したうえ、地盤改良をして、新規に建て替えるしか相当な方法がない。

確かに、本件建物を、その土台下にジャッキをかませて空中に持ち上げたうえで、地盤改良をし、基礎を相当なものに造り替えるという方法が一応は考えられる。しかし、まず、技術的にかなり困難である。ジャッキを置く場所的余裕がないし、仮に置けるとしても、これを支えるべき地盤の強度に難点があるから。また、右のような方法を採る場合、少なくとも一階の内外装は取り外す必要があるし、ジャッキによる建物浮上に際して、木造軸組及び内外装等に歪み、損傷等の第二次的被害が生ずるので、ほとんど建物全体にわたっての補修が必要ともなり、費用も多額を要する。しかも、請求原因2(四)の(3)、(4)のような欠陥(補強材等についての欠陥)も補修しなければならないところ、これについても解体しなければ困難である。なお、取り壊すにしても旧部材を利用できないかという点であるが、解体は一般に粗暴な仕事で、一旦解かれた部材は再使用には耐え難い。再使用できるように解体するには多くの経費を要し、却って新規の材料で建築する方が安上がりである。

右のような諸点に、本件売買がまさに新築住宅のそれであることを併せ考えると、前記のとおり、本件建物を取り壊したうえ、地盤改良をして、新規に建て替えるしか相当な補修方法はないというべきである。なお、新規に建てるものは、もちろん、本件建物と同じ床面積、構造、仕様、品質のものである。

右工事に要する費用は左記のとおりである。

① 取壊し(撤去を含む。)工事費 六六万六〇〇〇円

② 地盤改良工事費 七三万六〇〇〇円

③ 新規建築工事費 七五三万八〇〇〇円

計 八九四万円

(二) 取壊し建替え期間中の代替住居の借賃

一か月当り四万五九〇〇円として、六か月分で、二七万五四〇〇円を要する。

(三) 宿替え費用

往復で、二九万五八〇〇円を要する。

(四) 慰謝料

原告は、被告から前記のような瑕疵ある本件建物を給付されたことによって、多大の精神的苦痛を蒙った。これを慰謝するに足りる額は、八〇万四七〇〇円を下回らない。

(五) 雑損

本件建物についての表示登記、保存登記及びローンのための低当権設定登記に関して一九万五三〇〇円を出捐したが、これは、前記の取壊し建替えに際して再度の出捐を要するから、損害というべきである。

(六) 本件欠陥の調査鑑定費用

素人の原告にとって、前記のような欠陥を発見するためには、専門家たる一級建築士の調査を要したし、本件のような訴訟を提起遂行するためには、やはり専門家たる一級建築士の鑑定を要したのであり、右調査鑑定費用として計七三万円を支払った。

(七) 弁護士費用

以上、(一)ないし(六)の合計額一一二四万一二〇〇円の約一割に該たる一一二万四〇〇〇円をもって相当とする。

(八) 以上の合計 一二三六万五二〇〇円

5  よって、原告は、被告に対し、不法行為、債務不履行、瑕疵担保いずれかに基づく損害の賠償として、右一二三六万五二〇〇円及び内一〇九五万七三〇〇円については本訴状送達の日の翌日である昭和五六年一二月一一日から、内一四〇万七九〇〇円については本件の訴え変更申立書送達の日の翌日である昭和五九年八月二八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

なお、被告は、昭和五二年一月、株式会社稲田工務店から既に宅地造成されていた本件土地及びその周囲の土地を買い受け、その後相当期間経過後に、建設業者の丸一住宅株式会社をして右土地上に建物を請負建築せしめて、宅建業者の株式会社住商の媒介で本件売買に至ったものである。

2  請求原因2について

(一) (一)の内、本件建物が十分な安全性を有しないことは認める。

(二) (二)は争う。

(三) (三)の内、本件建物に不等沈下が生じていること、本件建物につき、床面及び柱に傾きが生じていること、建具の開閉が不良になっていること、外壁、内壁、基礎立上がり部及び犬走りにクラックが生じていること、浴槽と浴室タイル内壁との間に亀裂が生じていること、以上の各事実は認めるが、右のような不等沈下及び異常が地盤及び基礎の設置の欠陥から生じているとする点は争い、その余の事実は不知。

(四) (四)の内、本件建物に構造上不備のあることは認めるが、その具体的内容は不知。

3  請求原因3は争う。

なお、原告は債務不履行(不完全履行)責任をも主張するが、本件は瑕疵担保責任の問題であって、不完全履行をいう余地はない。

4  請求原因4は全体として争う。

本件建物は不等沈下現象を呈しているが、その修補については、近代の技術をもってすれば、建替えを要しない。

三  被告の主張及び抗弁

1  本件の不等沈下の原因について

請求原因2(二)(地盤及び基礎の設置の欠陥)のようなことが本件不等沈下の原因でないことは、本件建物と同時期、同一業者によって、同質の地盤上に、同様にして建築された(被告が請け負わせた。)隣接の二戸の住宅に不等沈下が生じていないことからも明らかである。

本件建物の付属施設として、その敷地(本件土地)に、被告の依頼に基づいて専門業者が敷設した屎尿浄化槽が存し、これは拡散浸透方式(浄化汚水を、他へ放流するのではなくその場で地中に拡散浸透させる方式)であるところ、右敷設の際の埋戻しのとき十分な地固めがなされなかったことと、その後の原告の管理(定期的に汲取りと清掃をする必要がある。)不十分とによって、本件の不等沈下が生じたものと推定される。なお、右管理が不十分であると、満水になって、地中に過分の汚水が流入するものである。

2  被告に故意、過失のないことについて

被告は、前記のとおり、本件建物の建築もその浄化槽の敷設もそれぞれ専門業者をしてなさしめたのであり、本件売買契約に際して、これらに本件で問題とされているような(すなわち、外観し得ない)欠陥(瑕疵)があるとは知らなかったのはもちろん、知り得ず、また、そこまでの調査点検の注意義務はない。

3  時効ないし除斥期間

原告は、本訴提起(昭和五六年一二月)より三年以上前に既に、本件建物に、建具の開閉が不良であるとか柱の敷居に隙間があるとか、補修を必要とする程の欠陥があることを知っていたから、原告主張の不法行為責任は時効(三年)により消滅しているし、瑕疵担保責任についても除斥期間(一年)が経過している。なお、瑕疵担保責任に限ってみれば、本訴提起の一年前には既に、多大の瑕疵を認識していた。

4  損害について

本件売買当時における本件建物のみの価格及び建替え期間中の仮住居の費用が賠償されれば十分である。

しかも、原告は右建替えまで本件建物に居住し得た訳であるから、その賃料相当額(一か月当り約五万円)は当然に控除されるべきである。

四  被告の主張、抗弁に対する認否及び反論

1  右三1について

(一) 前段は争う。隣接住宅の地盤が本件のそれと同質であるか疑問があるし、右住宅にも、不等沈下をうかがわせるような大きな亀裂が見受けられる。

(二) 後段の内、本件建物の付属施設として、その敷地(本件土地)に、被告の依頼に基づいて業者が敷設した屎尿浄化槽が存することは認めるが、その余は否認し又は争う。

(三) 右浄化槽は、浄化汚水を排水管を通じて他へ放流する方式のものであるところ、その排水管の接続不良あるいは欠落(本件の不等沈下による欠落)により、浄化汚水が本件地盤内に直接排出され、これが在来地盤に滞留して盛土に地すべり現象を起こさせ、そのことが本件の不等沈下を促進する副次的要因になっている。

仮に、被告主張のような方式のものであるとすれば、却って、請求原因2(二)の点がより強調されなければならない。

なお、被告は原告の管理不十分ということを主張しているが、便槽ではないからいわゆる汲取りなどする必要がなく、清掃は、あくまでも、滞留する固形汚物を取り出し、薬品を入れて、汚物浄化の機能を維持するためのものであり、年二回程度行なえば足りる。

原告は右清掃をきちんとして来た。

2  右三2について

争う。

宅建業者として新築住宅を売却するのである以上、たとえ建設業者に請負建築させたにしても、安全な住宅を引き渡すべく、自身に知識がないとしても、建築士等の専門家に調査点検をしてもらうべき注意義務がある。少なくとも、建築基準法七条の完工検査を受けるべきである。ことに、本件の敷地は、前記のとおり元は川岸に接続する傾斜した原野であって、危険の予測される処であったから。

しかるに、被告は、右のような義務を全く尽くしていない。

3  右三3について

争う。

原告が、本件建物につき、請求原因2(二)、(四)のような欠陥(瑕疵)があることを知ったのは、昭和五六年一〇月下旬頃に専門家に調査してもらってである。それまでは、亀裂とか建具の開閉不良等、右欠陥から生じている第二次的欠陥、しかも素人が目視して判然とするもののみを知っていたに過ぎない。

4  右三4について

争う。

原告は、本来、本件売買時から欠陥(瑕疵)のない建物に居住し得たのであって、賃料相当額の控除云々は全く失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(本件売買契約)は当事者間に争いがない。

なお、《証拠省略》によれば、被告は、昭和五二年一月に株式会社稲田工務店から宅地造成済みの本件土地を買い受け、同年中に、一級建築士稲岡良一郎に建築確認申請をしてもらったうえ、建設業者の丸一住宅株式会社に本件建物を請負建築させて、宅建業者の株式会社住商の媒介で本件売買に至ったことが認められる。

二  ここで、本件のように、(宅建)業者が一般消費者に対し新築住宅として建物を売却する場合、明示の特約がなくとも、瑕疵なき(すなわち、通常有すべき品質、性能を備えた)建物を給付すべき債務、従ってまた、給付した該建物に瑕疵がある場合にはこれを修補すべき債務を負うと解するのが相当である。

なるほど、不代替特定物売買における売主の債務は、原則として、その特定物をあるがままの状態で給付することに尽きるのであるが、それは、客観的、一般的に不代替性を有し、当事者が主観的、具体的にその個性に着目した物の売買であるため、(瑕疵なき)代物の給付ということはあり得ず、瑕疵があってもまさにその物を給付すれば足りるからであるところ、確かに、不代替物である以上、代物の給付ということは考える余地がないが、しかし、「その個性に着目した」からといって、その特定物における瑕疵を修補すべき債務をもたらす瑕疵なき物を給付すべき債務が当然に否定し去られるものではない。「個性に着目」といっても、具体的の場合によって程度に差もある(中古住宅の売買と新築住宅の売買とを比べてみよ)。

本件のような場合には、一般消費者たる買主は、中古住宅を購入する場合とは異なって、当然、瑕疵なき建物を入手すること、換言すれば、瑕疵ある場合には、業者たる売主が自らではないにしても他を手配して修補してくれることを期待しているし、他方、業者たる売主にしても、自ら修補する手段、能力を有しないにしても、それを容易に手配できる地位、環境にあるから、右のように期待されてもやむを得ないところである。実際にも、本件のようないわゆる建売住宅の売買にあっては、売主が、自らあるいは他を手配して、無償で瑕疵を修補している例が多い。

以上のとおりで、本件のような場合には、前記のとおり瑕疵なき建物を給付すべき債務ありと解するのが、当事者の合理的意思に合致し、信義則にかなう。

三  本件建物の瑕疵について

1(一)  本件建物に不等沈下が生じていること、本件建物につき、床面及び柱に傾きが生じていること、建具の開閉が不良になっていること、外壁、内壁、基礎立上がり部及び犬走りにクラック(亀裂)が生じていること、浴槽と浴室タイル内壁との間に亀裂が生じていること、以上の各事実は当事者間に争いがなく、右争いのない各事実に、《証拠省略》を併せると、以下のとおり認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

① 原告は昭和五三年六月初めに本件建物に入居したが、当時は、本件土地、建物には外観上何ら異常がなかった。

② 同年七月、裏庭の地面に数か所、深さ三〇センチメートル位の陥没が生じた。原告が、売買契約の際に言われていたとおり、住商を通じて丸一住宅に連絡したところ、直ちにその部分に土を充填してくれた。

③ 同年末頃、玄関扉とか内部ドア等建具の開閉が不良になった。これらも、丸一住宅が削り合わせをするなどして修補してくれた。

④ 昭和五四年末頃、浴槽と浴室タイル内壁との間に亀裂が生じ、台所入口の柱と敷居との間に隙間ができたり、トイレ内壁に亀裂が生じた。また、再び玄関扉等の開閉が不良になった。これらについても、丸一住宅が、亀裂にはコーキング剤を充填し、隙間には埋め木をするなどして修補してくれた。

⑤ 昭和五五年に入ると、台所の床に傾きが生じていることがわかるようになった。そして、同年五月頃には、再び浴槽と浴室タイル内壁との間に亀裂が生じた。これについては、原告自身がセメントを充填した。

⑥ その後同年中に、犬走りとか基礎立上がり部、勝手口のコンクリート階段に亀裂が見受けられるようになったこともあって、丸一住宅に現場を見てもらった。しかし、「設計図等をよく調べて検討する。」と言っただけで、その後何の連絡もなかった。

⑦ 昭和五六年に入って、前掲各所の亀裂がひどくなって来たので、丸一住宅に連絡を取ろうとしたが、同年夏頃、既に倒産したことがわかった。直ちに被告に連絡したが、修補義務はないと言われ、満足のいく回答は得られなかった。

⑧ その後、訴訟を提起することにし、その準備のために、昭和五六年一〇月頃、一級建築士岩永健一に本件建物を調査してもらった。

⑨ 右調査当時、本件建物には、不等沈下が生じており、その結果として、請求原因2(三)の①ないし⑧のような異常が起こっていた。そして、右のような不等沈下及び異常は、その後も現在まで徐々に進行している。なお、前記③ないし⑦のような異常も、右不等沈下から生じたものである。

(二)  本件の不等沈下の原因について

(1) 《証拠省略》によれば、本件建物の敷地たる本件土地は、元は、川岸に接続する傾斜した原野であったところ、前記のとおり昭和五二年一月に被告が買い受ける直前頃、前主の稲田工務店が、これに一部盛土をして平らな宅地に造成したものであることが認められ、右認定に反するかのような被告本人の供述部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 《証拠省略》によれば、本件建物の基礎定盤は、盛土部分において、在来地盤まで届かず盛土の中間層に設置されている(在来地盤まで基礎杭を打設してその上に設置するということもされていない。)ことが認められる。

(3) 本件建物の付属施設として、その敷地(本件土地)に、被告の依頼に基づいて業者が敷設した屎尿浄化槽が存することは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右浄化槽は、浄化汚水を、他へ放流するのではなく、その場で地中に拡散浸透させる方式(拡散浸透方式)のものであり、前記(一)の②の陥没部分付近に敷設されていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(4) 弁論の全趣旨によれば、本件建物については、その建築後現在に至るまで、荷重とか外力(地震、強風等)は極く通常のものしか加わっていないと認められる。

(5) 右(1)ないし(4)の諸点に、《証拠省略》を併せると、本件の不等沈下は、敷地(地盤)の盛土につき、その土質が締まりの悪いものであるうえ、締固めが不十分であるところから、雨水とか前記浄化槽から拡散される汚水が浸透し、極く通常の荷重及び外力が加わっただけで、収縮、沈下が起こり、にもかかわらず、基礎定盤が前記のとおり単に盛土の中間層に設置されていて在来地盤に支えられぬものであるために生じたと認められる。

被告は、本件の不等沈下の原因につき、被告の主張(及び抗弁)1のとおり主張するが、該隣接住宅の地盤が本件のそれと同質であると認めるに足りる的確な証拠はないばかりか、右隣接住宅に不等沈下が生じていないと認めるに足りる証拠もない(却って、《証拠省略》によれば、右隣接住宅についても、不等沈下をうかがわせるかのような亀裂が見受けられることが認められる。)。浄化槽についての管理(汲取り等)不十分をいう点については、《証拠省略》を総合すれば、本件浄化槽につき必要とされる管理とは、主として、汚水の浄化機能を維持するためのものであり、汲取りといっても、汚水を汲み取る必要はなく(これは、前記のとおり地中に拡散浸透させることを当然の前提としている。)、ただ、右のように浄化機能を維持するために、年二回程度固形汚物を取り除く必要があるに過ぎないことが認められるところであって、そもそも、不等沈下に関係するような「管理不十分」ということは容易には想定し難い(なお、《証拠省略》によれば、原告は、本件建物への入居以来、本件浄化槽の維持管理を専門業者に委託してなさしめて来たことが認められる)。浄化槽敷設の際の埋戻しのときの地固めの不十分さをいう点については、前認定の「盛土の締固めの不十分」に含まれる。

他に、本件全証拠を精査してみても、本件の不等沈下についての前認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  右に認定した本件の不等沈下の原因たるもの、すなわち、本件建物につき、その敷地(地盤)の盛土が、締まりの悪い土質のものであるうえ、締固めが不十分であること、にもかかわらず、基礎定盤が、在来地盤に支えられぬままに設置されていること、これらが住宅にとって瑕疵(通常有すべき品質、性能を備えていないこと)に該たるというべきことは、建築基準法一九条二項、二〇条一項の法意に照らしても、また、証人岩永健一及び同早草実の各証言によっても、明らかなところである。右判断は、荷重とか外力は極く通常のものしか加わっておらず、他に特段の事情は見当たらないのに、実際に短期間のうちに不等沈下が生じていることからしても、肯けよう。

2  その他の瑕疵

《証拠省略》によれば、本件建物(住宅)には、右1のような瑕疵以外にも、安全性(建築基準法二〇条一項)の欠如をもたらす、請求原因2(四)のような瑕疵が存することが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、右のとおり安全性に関するものである以上、売買代金の多寡にかかわらず瑕疵に該たるといえる。

四  本件建物には右三のとおりの瑕疵がある訳であるが、このように瑕疵ある建物(新築住宅)を給付したことが、被告の責に帰すべからざる事由によるといえるか否かを検討する。

確かに、前記のとおり、被告は、本件建物は建設業者(専門業者)に請負建築せしめ、その付属施設たる前記浄化槽も業者(証人志方達夫の証言によって、専門業者と認められる。)に敷設せしめたものである。

しかし、だからといって、当然に被告に過失がないとはいうことはできない。専門業者といっても、実際には、その程度、質はまちまちであって、特に隠れた部分において手抜き工事をするとか、そうでないまでも不十分な工事をする者のあることは、世上しばしば見受けられるところでもあるから、前記のとおり、宅建業者として一般消費者に新築住宅を売却するのである以上、被告としては、当該請負業者が十分に信頼できる者であると相当な根拠をもって考え得たならば格別、そうでない限りは、自己の責任においても、建築士等の専門家に依頼するなどして、その工事の過程において、あるいは完成後において、瑕疵なきものとすべく調査点検すべき注意義務があるものというべきである。少なくとも、本件のような安全性に関わる点については。

しかるに、被告本人も、「その当時では、丸一さんも盛大にあちこちでやっとったそうですので、信頼してたんですけどね。」と供述する程度であって、右にいう「相当な根拠」があったと認めるに足りる証拠はないところ、《証拠省略》によれば、被告は、本件建物の建築(及び付属施設たる浄化槽の敷設)については、丸一住宅に全く任せ切りで、右にいう「調査点検」などには全く意を用いず、しかも、建築基準法七条のいわゆる完工検査も受けていないことが認められる。

以上のとおりであって、本件のように瑕疵ある建物を給付したことにつき、被告の責に帰すべからざる事由によるとはいうことができず、却って、被告に過失があるというべきである。なお、被告に故意があったと認めるに足りる証拠はない。

五1  以上によれば、原告は、被告に対し、まず、本件売買契約における本来の債務(瑕疵なき建物を給付すべき債務)の履行として(従って、右四の帰責事由の存否に関わりなく)、前記三の瑕疵の修補を請求し得るし、また、右修補がなされてもなお償われない損害(瑕疵ある建物が給付されたことによって生じたもの)につき、債務不履行(不完全履行)に基づく損害として、その賠償を請求できるものというべきである。そして、右の瑕疵修補の請求については、本件のように被告が修補を拒絶している場合にあっては、これに代えて、その修補に要する費用を請求できるものと解するのが相当である。

2  被告は、消滅時効ないし除斥期間の経過を主張するが、右1の各請求権については、直ちには三年の時効(民法七二四条)とか一年の除斥期間(同法五七〇条、五六六条三項)は適用されるものではなく、基本的には一〇年の時効(同法一六七条一項)が適用されること明らかである。

もっとも、そうはいっても、右のような各請求権の行使については、右の一〇年以前にあっても信義則上制限される場合もあるというべきであるので、検討するに、前記三1(一)の事実に、《証拠省略》を併せると、原告としては、前記三1(三)の瑕疵及び同2の瑕疵があることを具体的に知ったのは、本訴提起(昭和五六年一二月)の直前である同年一〇月頃に、専門家に調査してもらってであり、それまでは、亀裂とか建具の開閉不良等、右三1(三)の瑕疵から生じている第二次的欠陥、しかも素人が目視して判然とするもののみを知っていたに過ぎないと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないのであるから、本件が右のように信義則上制限される場合といえないことは明らかである。

六  修補費用について

1  《証拠省略》によれば、次のとおり認められる。

前記三のような瑕疵を修補するについては、結局のところ、本件建物を取り壊したうえ、地盤改良をして、新規に新たな材料で建て替えるしか相当な方法がない。

すなわち、本件建物を、その土台下にジャッキをかませて空中に持ち上げたうえで、地盤改良をし、基礎を相当なものに造り替えるという方法が一応は考えられるが、しかし、そもそも、ジャッキを置く場所的余裕に乏しい(空地は極めて狭い。)し、仮に置けるとしても、これを支える地盤の強度が不十分であるから、技術的にかなり困難であるばかりか、右のような方法を採る場合、ジャッキによる建物浮上に際して、軸組とか内外装等に歪み、損傷等の第二次的被害が生ずるので、これらの修補が必要ともなり、多額の費用を要する、しかも、請求原因2(四)の(3)、(4)のような瑕疵(補強材等についての瑕疵)も修補しなければならないところ、これについても、解体しないでなそうとすれば、かなりの困難があるし十全ではないのである。取り壊して建て替えるにしても旧部材を再使用できないかという点については、解体は一般に粗暴な仕事であって、一旦解かれた部材は再使用に耐え難く、そうかといって再使用できるように解体するには、多くの経費を要し、却って新規の材料で建築する方が安上がりである。

右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

2  《証拠省略》によれば、本訴提起当時において、右の取壊し(撤去を含む。)工事には五二万五〇〇〇円を、地盤改良工事には五三万円を、新規建築(本件建物と同じ床面積、構造、仕様、品質のものを建築する。)工事には五九六万四〇〇〇円をそれぞれ要するものであったと認められ、右認定額を超える額をいう《証拠省略》は、少なからず余裕をみている向きもあり、直ちには採用し難い。

結局、本件の修補費用は計七〇一万九〇〇〇円と認める。

七  損害について

1  右のように取り壊して建て替える間、原告としては他に代替住居を求めざるを得ないところ、《証拠省略》によれば、右の取壊し建替え期間は六か月程度であること、例えば、本件建物の近くでこれと同程度の広さの公団住宅を借りるとすれば、借賃は月額四万六〇〇〇円程度を、宿替え費用は往復で二九万六〇〇〇円程度をそれぞれ要すると認められるので、計五七万円をその損害として認める。

2  《証拠省略》によれば、原告は、本件建物についての表示登記、保存登記及びローンのための抵当権設定登記各手続のために、計一九万五三〇〇円を出捐したと認められるところ、これは、前記のとおり取り壊して建て替えるとすれば、再度の出捐を余儀なくされるものであるから、本件債務不履行と相当因果関係ある損害とみてよい。

3  《証拠省略》によれば、原告は、本件訴訟の準備、提起及び遂行のために、本件建物の瑕疵及びその修補方法について一級建築士の岩永健一に調査、鑑定をしてもらい、その報酬として五五万円を支払ったし、その後、やはり一級建築士の早草実に右の補充の調査、鑑定をしてもらい、その報酬としては一五万円を支払う約束であることが認められるところ、本件の瑕疵の内容、その判断の困難性等諸般の事情を考慮すると、右の内六〇万円を本件債務不履行と相当因果関係ある損害とみることができる。

4  《証拠省略》によれば、原告は、念願の住宅を購入したものの、これに瑕疵があることによって多大の精神的苦痛を受けたと認められるところ、被告側の対応をも含めて本件に顕われた諸般の事情を総合考慮すると、右苦痛を慰謝するに足りる額としては八〇万〇七〇〇円が相当である。

5  本件債務不履行と相当因果関係ある弁護士費用損害金は、本件事件の難易度、請求額、認容額等諸般の事情を考慮するとき、一〇〇万円と認めるのが相当である。

6  以上1ないし5の合計額は三一六万六〇〇〇円である。

なお、被告の居住利得の控除云々の主張は、採用の限りでない。

八  以上によれば、原告の本件請求の内、右六と七との合計額一〇一八万五〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年一二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、その限度では認容し、その余の部分は理由がない(原告主張の不法行為あるいは瑕疵担保による損害の賠償請求にしてみても、少なくとも右の額を超える損害額を認めることはできない。)から棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝阿彌誠)

〈以下省略〉

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